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とおかで何読んだ?

ふつうの読者を目指す weblog

気楽な読者

……思案なんかいっさいやめにして
まっしぐらに一緒に世間へ飛び出しましょう、
あえて言いますがね、冥想なんかするやつは、
枯れた草はらのうえを悪魔にとりつかれて、
ぐるぐる引きまわされる動物みたいなものです、
そのまわりには美しい緑の牧場があるのに。……

 『ファウスト』の一節だが、ゲーテを読んでいて出会ったわけではない。津島佑子の連作短編集『光の領分』の表題作で「引用」*1されている、高橋健二の訳*2である。わたしは高橋健二の訳で『ファウスト』を読んだことがない。相良訳や原文で多少読みちらしたことはあるが、はずかしながら読みとおしたことがない。他方で『光の領分』は、わたしが例外的に何度も読み返している作品のひとつである。先程の「引用」には読み始めるたびに出会うはずなのだが、高橋訳を参照する気が起こらなかった。今回も文庫本にあたったわけではなく、 Google Books で少し検索したら見つかったから、それなら少し読んでみようと思っただけである。
 さて、高橋健二の訳は、どうも「引用」とは違っている。

[…]思案なんかいっさいやめにして、
まっしぐらにいっしょに世間へ飛びこみましょう!
あえて言いますがね、冥想なんかするやつは、
枯れた草はらの上を、悪魔にとりつかれて、
ぐるぐる引きまわされる動物みたいなものです。
そのまわりには美しい緑の牧場があるのに。

 高橋が訳を改めたのか、津島が手を入れたのか。
 細かい差異をいちいち批評などしないが、ひとつだけ挙げておきたい。「飛び出しましょう」ないし「飛びこみましょう」と訳されているのは "hinein" である。こちらから離れてゆきつつ(hin-)何かのなかへと入ってゆく(-ein)ということだろうから、どちらでもよさそうである。けれども、ふたつの訳から読みだされるイメージは異なっていないだろうか。「殻」のようなものを破り、「世間 Welt」へと出てゆくのか。あるいは、何かから追い立てられるように、口を開けている「世間」へと身を投じるのか*3
 『ファウスト』における訳語として、あるいは『光の領分』のイメージを形づくるエピグラフとして、どちらがふさわしいのかはわからないが、さしあたり指摘しておきたいのは別のことがらである。引用は正確に行うべきだとか、引用元を示しておくべきだとか、規範を重んじるべき場面もあるだろう。わたしはそういう誠実さが好きである。しかしながら、もう少し気楽に読んでもいいのではないか──と自身に言いたい("Ich sag es mir")。規範的でなければならない世界にわたしは生きていないのだから。でも、「気楽な読者」とはどういう存在なのだろう。
 ここまで書いて、ふと思いあたった。 "The Common Reader" *4という、ヴァージニア・ウルフの随筆をかつて読んだことがあった。
 この1ページと数行の文章では、 "common reader" とは「知識を分け与えたり、他のひとの意見を正したりするためにではなくて、むしろそのひと自身の楽しみのために読む」者だとされる。しかも、ひとときの満足のためなら、思いついたつまらないことどもから、どうしようもない全体像をつくりあげることをためらわない、言ってしまえばあまり質の高くない読者を指しているらしい。批評家や学者と対置される存在が "common reader" だから、勝手読みをしてはばからない読解の「アマチュア」が想定されていそうである。そしておそらくは、わたしも "common reader" に含まれることだろう。
 けれどもウルフは言う。そのような読者が作品の価値を決める場面では発言権を持つのだとしたら、「それじたいは重要でないにしても、いと大いなる結果に寄与するいくつかのアイデアや意見を書きとめておくことには、もしかすると価値があるのかもしれない」と。──
 ウルフの意図はわたしにはわからない。だが、たとい読解の「プロフェッショナル」でなくても、もしかすると、読んだものについて何か書いておくことに意味があるのかもしれない。規範的なしかたでなくても、描かれた全体像がゆがんでいたとしても、考えたことがただ過ぎ去らないようにとどめておくだけでもいいのかもしれない。わたしはそう読むことにした。
 規範的に読み、書くことにいまでもあこがれている。とはいえ、そろそろ解放されてもよいのかもしれない。「気楽な読者」になったほうが幸せかもしれない。ただし、メフィストフェレスの言をすべて受け入れるのはおそろしいので、少しだけにしておこう。

 ……思案なんかほどほどにして、
 一緒に世間へ飛び出しましょう。

*1:津島佑子『光の領分』講談社文芸文庫、1993, p. 245.

*2:Goethe, Faust, I, ll. 1828-1833.

*3:ちなみに森鴎外は「飛び出す」ほうを採っている

*4:In: Virginia Woolf, The Common Reader, with the introduction and notes by Andrew McNeillie, Harcourt, 1984, pp. 1-2.